330日(「起業の科学」を読み始めた)
「起業の科学」の有益性
読み始めたところ。起業はもちろん社内での新規事業においても役に立つ良著だ。はじめの章からさっそく目から鱗だった。
たとえば課題にはソリューションの質という縦軸と、課題そのものの質の横軸がある。それぞれ質が高いところにアイデアとしてのバリューが生まれてくる、と。つまり、課題そのものへの向き合いが甘いと、たとえば解決策があっても、失敗してしまう。
多くのスタートアップは、どうしてもソリューションのアイデアやそのための技術に目が向きがちだという。自社のブランドと資金力の力技でプロダクトを世に出してしまったのがGoogleグラスだという。
課題の質が欠けていたこの商品は、一般消費者向けの販売は中止してしまった。Googleでさえ、課題の部分が見えていないと容易に失敗することもある。では、資金も知名度もないスタートアップがその領域に踏み込んでしまったら?自殺行為だ。なるほど!
では、どうやって課題そのものの質を上げていくかという話。まず課題には大きく3つの視座がある。①自分自身 ②身内 ③他人事 それぞれメリットとデメリットがある。一つここで見えたのが、これまでぼくは②に対しての課題を感じていて、解決したいと考えていた。自由大学をきっかけに①の自分自身の課題と向き合おうとしていたところだ。
自分自身の課題で見えてきたところ
人生100年時代、生き急ぎながらも、自分の時間を大切に過ごしたい想いを持つぼくにとって、「ひまのつぶし方」をしっかり会得しておきたい課題だ。技術革新と社会の成熟によって、相対的な大きな視点として、人類はひまになってゆく。
実は「ひまのつぶし方」は誰も教えてくれない。もちろん娯楽を提供する企業は、消費ベースでどこもかしこ余暇の取り合いをしているわけだが、何を消費するかは受け手に委ねられている。ただでさえ情報過多のこの時代、自分で選択していかなければならない。
せっかくの余暇をうまく過ごせなかったときには罪悪感さえ覚えることがある自分にとって、自分の時間がどんどん増えたときの準備をしておきたい。隠居の準備だ。長期でみたとき、いつでも隠居できるようにしておくことで余暇の迷い人にならなくて済む。さらにその準備が、普段の充実した余暇の過ごし方そのものになり得る。この課題の粒度をもうすこし高めたいと考えている。