DEPPA少年の日記

某テレビ局の会社員。27歳。「小説だからこそ本当のことを書ける」という小説家の言葉を参考に、あえて匿名でブログを書いています。28歳の誕生日までのカウントダウン方式を採用。

289日(衝動はつくれるものなのか)

ポストモダン、ものあまり、情報社会。

生まれたときからある程度は満たされ、語ることのない世界。ぼくはいまの表現者に嫉妬しながら、心から尊敬をしている。インタビューをした同世代の映画監督、中川龍太郎くんとそんな話を以前したところ、彼はこう言った。「何を語るかよりも、衝動が大切なんですよね」

「起業の科学」。スタートアップに特化した実践的な本。ベンチャーとして、まだ世に出ていないニーズをとらえサービスに昇華するために、課題(ミッション)を明確化することが不可欠だ。そしてそのミッションをチームの共通認識にすべく、粘り強くおとしこんでいく。

「人生を捧げる覚悟が定まっていなければ、チームを離れるべきである」。本にはこう書いてある。そのくらいの気持ちがなければ、自分の大事な時間をスタートアップに費やすことなどできないということだ。

ぼくはこの本を読んだときに「衝動」を思い出した。映画監督、スタートアップ。アプローチの方法は違えど、世にアウトプットするという本質のところは同じでないか。表現するその根幹には衝動的なものの存在がある。

表現者と応援者。人をこのように二分したときにぼくは後者であることを選択してきた。どちらでもない傍観者にはならまいと。せめて応援させてほしい。ぼくは「衝動」を持つ方と接点を持つことが好きで、話を聞いては追体験し、どこかで自分自身の「衝動」を探している。

このところ、自分を突き動かす「衝動」を見つけることに焦っていた。衝動という円のまわりをぐるぐるとまわっている。後天的なものなんかではく、考えてどうにかなるものでもないのかもしれない。直感で動くものを、引きで見たときにラベルを貼って眺めてみる。つまりメタ的な視点からすれば、ぼくの「衝動に憧れるという行為そのもの」が実は衝動ということもありえるのだろうか。