DEPPA少年の日記

某テレビ局の会社員。27歳。「小説だからこそ本当のことを書ける」という小説家の言葉を参考に、あえて匿名でブログを書いています。28歳の誕生日までのカウントダウン方式を採用。

403日

借金について考えてみたい。
たしか起業に関するNews Picksの記事だった。ある方がこんなコメントをしていた。「借り入れをしていない起業家はいない。いくら稼いでいるかよりも、銀行からいくら入れしているかを聞いてみましょう」と。

このコメントの主が伝えたいことは、
・潤っているような起業家も内実資金面では苦労している。
・サラリーマンの方がお得である。
この2点。起業家の立場で言っている。ぼくが感じたことは、借り入れ、つまり「借金とは」。基本として借金に対して、ネガティブのイメージしかなかった。コメントを受けて「見方がもう一つあったなあ」と。それは信用の尺度である。

たとえば家を買おうとする。銀行に頼る。収入と所属企業も加味されて融資額が決まる。よっぽどのことがなければ、少なくともいくらかは借りられる。相場がある。家を買って、ローンを支払っていく、という確固たるモデルが存在しているわけだ。

起業の場合は家と異なる。毎月のローンの返済ほど単純ではない。事業計画等は前提にあるとして、どういう美意識をもって、どんな目的で社会に貢献するのか。この手段が起業であり、そのプロセスにお金が必要となる。起業では返済を求められない投資の領域もあるけれど、もちろん銀行の借り入れもある。

お金とは信用を数値化したものである。お金にはいくつかの顔・役割があると考えていて、その中の一つとして「信用の数値化」はその通りなのだと思う。起業への本気を見せるため自己資金●●●万を集めて、それをもって融資を受けるなんてこともあるだろうし。まさにこれは信用を数値化している。

知れば知るほど泥臭くて、数字よりも人が重要だと感じる。かんたんにいえば信用できる人間かどうか。ここで回るし、回るところもうまくいかないのだろう。家入一真さんは、投資の観点だけど、お金を出す基準は人と言い切っている。

「この人が大きなことをするのなら、いくらでも賭けたい」という世界がある。ここには託される人と託す人が存在する。どちらになりたいか。ぼくは託す人になりたい。「おもしろい!この人を応援したい!」という心意気でアクションに直接通ずる投資で託したい。そういう生き方をしていきたい。

ただし、託す側になるためには、自分が託される人間になること。そういう経験を積まなければならない。なぜなら託される側の立場や気持ちがわからないのでは、託す人からも信用されないと思うから。ただお金を渡すならできるだろう。もっと本気で真剣に託したい。そのためにはガムシャラに今を生きる。どれだけの借り入れできるポテンシャルがあるか。そんなビジョンを描けるのか。日々精進あるのみ。