ちきりんから学んだ匿名性
気付けば社会に出てもう5年目。
わたくし、メディアの会社に勤める一般の社員です。26歳です。
このたび「DEPPA少年」というネームで日記を始めました(由来はいったん置いておきます)。いわゆるハンドルネームというわけですが、もともとは実名でフェイスブック、ツイッターなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を利用していました。
匿名か実名で迷った結果、実名でこれまで続けてきたわけですが、そのきっかけは、「暮らしの手帖」の元編集長である松浦弥太郎さんの本の言葉です。「もし僕がいま25歳なら、こんな50のやりたいことがある。」
かんたんに要約すると、
いまは自らのアピールできる場がたくさんある。せっかくだし、SNSを積極的に活用して実名で発信をしていきましょう。使わない手はないよと!
そんなような内容でした。たしかにそうだ。ツイッターは匿名だったけど途中から実名に変更をしました。
ただ、これが、なかなかむつかしい。実名でなにか発言をすると、どうしても歯止めがかかってしまうというか、野球でいうと球をおきにいってしまうんです。フルスイングができないのです。発信した内容をふりかえってみると、当たり障りのないものが大半な状態。会社員である自分の立場を考えると、そうせざるを得ないのが正直なところでした。
そんな矢先に読んだのが、元々会社員である、ちきりんさんの著書です。
『「自分メディア」はこう作る! 大人気ブログの超戦略的運営記』
先日、濱口秀司さんとの対談記事を読み、ちきりんさんの存在を知りました。
興味を持って、たまたま本屋で出会って買った本です。
この本を読んでぼくはこのブログを始めようと思って、いま文章をたたいています。元会社員のちきりんさんが匿名を選んだ理由はシンプルで、実名で顔出しと、そうしない場合を天秤にかけて、ハンドルネームの方が「やりやすい」と選択されたわけです。
なるほど。匿名と実名それぞれにメリットがあります。
一つ思ったことは、どちらもやってみないとわからないということ。なんでも経験というのは本当だと思います。実名のアカウント自体は残して継続させながらも、匿名でもやってみようと。
ふと、ある小説家の言葉を思い出しました。
「小説(フィクション)だからこそ、本当のことが書ける」。
これって真理だなと思っています。すべては真実であり、ドキュメンタリーと謳うと利害関係やもろもろで結果的に薄味になることもあるけれど、小説にすることで、登場人物などの名前や設定を変えながらも、より本質に迫ったものを書くことができるのだと。
小説のところは匿名に置き換えることもできるんじゃないかって。
匿名だからなんでもかんでも自由に発言するのではなく、「本当」のことを書こうと。こう思いました。
身元がバレても正直、かまわないです。本当のことを書いているわけだから、そこは覚悟を決める必要があって。内容の一つの基準としては、その文章を大声で言われても、堂々としていることができるか、どうか。といっても、そんな重々しいことは考えていませんが。
ただ、考えていることを言葉によって可視化をさせたいなと。弓でいうところの、肘をぐーっと後ろまで引いて、矢を打ちたいと考えています。
引き続き、よろしくどうぞ!